3.「Society 5.0時代・ポストコロナ時代の健康いきいき職場づくり」に向けて ~従業員の健康づくりの経営への新しい形の統合に向けて~

1)取り組みの「アウトカム」の拡大:ウェルビーイング実現を目標とした、 個人・職場・企業・社会それぞれのレベルでの働きかけを


従業員の成長や自己実現等、健康づくりにおけるアウトカムをより広いものに位置付け直すことは、主体的な参画やそれによるワーク・エンゲイジメントの向上等につながりえます。このアウトカムの拡大について考える際のキーワードになるのが、ウェルビーイングです。ウェルビーイングという言葉は、1947年に採択されたWHO(世界保健機関)憲章において「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態(well-being)にあることをいいます」
[1]という形で、健康の定義の根幹に関わる形で登場します。つまり、①健康を「病気ではない」というより幅広いものとして捉える、②健康をフィジカル(肉体(身体)的)、メンタル(精神的)に加え、ソーシャル(社会的)なものとして捉えるという健康観が実現された状態がウェルビーイングと言えます。従って、「マイナスな面をなくすだけではなく、“いきいき”のようなプラス面も高める」「身体面だけでなく、精神面や、職場での関係性のような社会な面も」という点で、「健康いきいき職場づくり」の考え方にも通底するものと言えます[2]



図表12:ウェルビーイングの概念図


このウェルビーイングが、産業保健はもとより、経営学、情報技術、公共哲学等の幅広い分野で近年注目を集めています。その背景はさまざまですが、社会的には、SDGsの浸透による健康や働くことに関する持続可能性への意識の向上
[3]、企業側から見れば、前章で触れたように少子高齢化ならびに激しい環境変化の中で、イノベーションを達成するためにエンゲージメントの高い従業員を確保する必要性や、投資視点での人的資本への注目が高まったことが挙げられます。一方で、従業員側においても、「働きやすさ」「働きがい」等の健康いきいき職場づくりに連なる経済利得以外の価値が、特に近年高まってきたことが挙げられます。そして、ウェルビーイングを経営の基軸に置く「ウェルビーイング経営」[4]という概念も提起され、実際にそれを経営計画に盛り込む企業も出始めています。では、ウェルビーイングを企業経営に関連付け、実践していくには、どのような考え方がありうるのでしょうか。



図表13:ウェルビーイング実現のための各レベルでの働きかけのイメージ


ウェルビーイングは、定義からしてさまざまであり、その位置付けや方法論については今後の研究や事例の蓄積が待たれるところですが、「これからの健康いきいき職場づくり」に関連して、ウェルビーイングを前述したようなWHOの定義、つまり身体的・精神的・社会的健康として捉えた上で、従業員個々人のウェルビーイングの実現を目標とし、そこに向けて個々人、職場、企業、社会の各レベルにおいて働きかけを行う、という考え方が浮上しています。

ウェルビーイングの実現に向けて、まず個人レベルでの働きかけとしては、心身の健康確保という大前提がありつつ、個々人の自己選択を重視することが大切です。それにより、主体的な取り組みが喚起されることで、それがワーク・エンゲイジメントの向上とともに自身の成長・能力開花等にもつながると考えられます。

次に、個々人のウェルビーイングの実現には、職場レベルや企業レベルでの支援が不可欠です。そして、そのような支援を行うことは、それぞれのレベルでもメリットがあります。

例えば、職場レベルにおいては、多様性を尊重しつつ、従業員個々人の自己選択と組織目標をすり合わせるマネジメントが機能するよう働きかけることで、関係性がより密なものになることで得られる職場の一体感や、個々人が知恵を持ち寄ることによる創発が生まれ、イノベーションをはじめとする生産性向上にもつながりえます。

企業レベルでは、個々人の健康増進や自己選択を支援し、上述したような職場マネジメントを後押しすることを通じて従業員のウェルビーイングが実現することで、アブセンティーズム、プレゼンティーズムの減少、離職率低下、さらには業績、生産性向上等が見込まれます。また、多様な労働者を包摂するように努めることが新たな気づきをもたらし、職場や企業そのものの成長に寄与する側面もあると考えられます。そして、これらを通じ、自社の活動の目的~近年では企業の社会的な存在意義を表すものとして「パーパス」と呼称されます~の達成がなされます。近年、経営においてパーパスを重視し、その中の重要な要素として、ステークホルダーの一員である従業員のウェルビーイングの実現や、そのための職場、企業レベルでの施策充実を謳う企業が増えつつあります。「これからの健康いきいき職場づくり」の要素として、ウェルビーイングの実現とそのための取り組みを目標とすることは、そのような動きを後押しすることにもつながります。


最後に、社会レベルでは、社会的な要素を勘案した製品・サービスが企業から提供されることにより、社会にプラスの効果が生まれることが挙げられます。企業活動により社会貢献を目指す企業の方向性は、これに共感する株主、投資家、取引先、地域、エンドユーザー等の社外のステークホルダーに支持されています。こうした経営手法を「パーパス経営」[5]と呼んで推進する動きもあります。そのため、こういった社会貢献の取り組みをする企業が増え、その理念や方針が社会で共有されることにより、社会全体で身体的、精神的、社会的ウェルビーイングを実現することに寄与すると期待されます。またこうした企業活動が、教育や医療、政治や行政、さらには文化の形成等、社会基盤の整備にも貢献することが期待されます。これからの企業の「健康いきいき職場づくり」では、社会全体のデザインも考え、よりよい社会の実現に向けて支援することについても考える必要があります[6]。

ウェルビーイング実現に向けた各レベルでの働きかけは、それぞれの単位が独立して存在するのではなく、互いに影響を与え合う相互作用を持っていると考えられます。そのため、Society 5.0時代・ポストコロナ時代の「健康いきいき職場づくり」においては、従業員個々人のウェルビーイング実現という目標に向け、個人、職場、企業、そして社会という各レベルで、“これから”の活動がなされることになります。また、個々の企業の取り組みの集積のみでは限界があるため、政治、行政等の社会システムがある種トップダウン的に社会全体のウェルビーイング実現のために各レベルに働きかける施策と、一方で個人レベルから積み上げる形でボトムアップ式にウェルビーイング実現を目指す~ただしボトムアップ頼みだけではなく、個々の企業や職場内ではトップダウンとボトムアップを組み合わせる~という複線的な取り組みとして理解することが可能です。

無論、上記したような考え方はウェルビーイングに関する一つのアプローチに過ぎず、他にもさまざまな方法論があると思われます。ただし、先にも述べたような社会、企業、個々人の変容に伴い、ウェルビーイングの実現はより大きな意味を持つようになっており、そのために各レベルの取り組みが重要となることは確かだと考えられます。



[1] 公益社団法人日本WHO協会サイトを参照。https://japan-who.or.jp/about/who-what/charter/

[2] ウェルビーイングの定義や位置づけについては多岐にわたっており、特に主観的ウェルビーイングにおいては個々人で「良い状態」が異なるため、多面的なものとして理解されるが、本報告書では、ひとまずWHOによるウェルビーイング定義を前提とする。

[3] SDGsの17の目標のうち、3「すべての人に健康と福祉を」の原文は“GOOD HEALTH AND WELL-BEING”である。

[4] ウェルビーイング経営に関しては論者によって考え方がさまざまであり、特定の定義はまだなされていない。例えば、本検討会委員でもある森永は「従業員のウェルビーイングに注目するマネジメント」としてウェルビーイング経営を定義し、そのポイントとして、①「病気ではない状態を実現するだけではなく、組織や職場に愛着を持ち、仕事に前向きに取り組んでいる状態を作り出すことも同様に重要だとする」②「組織全体が直面するウェルビーイング課題を解決していくことも重視している」③「従業員自身が職場におけるウェルビーイングに関心を持ち、知識を持ち、実際に行動に移させるような主体性の喚起とセルフマネジメント能力を高めることを重視している」を挙げている(森永雄太著『ウェルビーイング経営の考え方と進め方』2019 労働新聞社)。そのほかの定義としては、健康経営と同義で用いられるケースもあるほか、「生活習慣病やメンタルヘルス不全の予防だけでなく、社員の仕事へのやる気や組織へのエンゲージメントを高めようとする経営手法」(日本マンパワーグループ)、「心身の健康保持・増進にとどまらず、従業員が、成長実感や幸福感を得つつ、自律的に高いモチベーションで仕事に取り組める人づくり・組織づくりを目指す経営」(旭化成グループ)等がある。

[5] パーパス経営については、名和高司著『パーパス経営 30年先の視点から現在を捉える』(2021 東洋経済新報社)等を参照。

[6] このあたりの議論は主に政治学や公共哲学の範疇に属する。例えば小林正弥著『ポジティブ心理学 科学的メンタルウェルネス入門』(2021年 講談社)を参照。

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