3.「Society 5.0時代・ポストコロナ時代の健康いきいき職場づくり」に向けて ~従業員の健康づくりの経営への新しい形の統合に向けて~

4)「Society 5.0時代・ポストコロナ時代の健康いきいき職場づくり」実現のために求められること

それでは、実際に自組織においてここまで述べてきたような健康いきいき職場づくりを実現するためには、各レベルにおいて何がなされるべきなのでしょうか。ここでは、企業レベル、職場レベル、個人レベルで要請される事項についてそれぞれ述べていきます。なお、いずれは、その集合体としての社会レベルでの取り組みについても検討がなされる必要があります。




図表17:健康いきいき職場づくりの実現に向けて




(1)企業レベルで要請されること
~「ありたい姿」実現のため、「人」や「組織」に経営としてコミットを~

企業経営という観点では、「人」や「職場」をコストと捉えるのか、成長のための重要な資本として捉えるのかがまず問われます。第2章で述べたように、持続性への配慮や人的資本投資への注目の高まりを受け、ステークホルダー資本主義や人的資本経営が、従来の株主資本主義に対するアンチテーゼとして脚光を浴びています。しかし、それらの取り組みに表面上のポーズだけではない形で取り組んでいる企業はどこまであるでしょうか。従業員を重要なステークホルダーとして捉え、それらの意向に十分に配慮しつつ成長を支援することでウェルビーイングの実現を目指すことに、綺麗ごとではなくしっかりと関わる経営形態をとる会社が一社でも増えることが、社会全体のウェルビーイング実現にも寄与します。

そのためにも、まずもって企業としてどうありたいのか、何を目指すことを通じて社会に価値を提供するのかという、企業としての存在意義や「目指したい(ありたい)姿」~先に触れたパーパスとも表現されます~を明確にすることが重要となります。その上で、それを収益面も含め企業経営を通じて実現するために、「人」と「組織」について、主管部門(人事や健康管 理等)を中心としつつも経営として戦略的に関与する姿勢が求められます。

具体的には、パーパスのような企業の「ありたい姿」実現のための人と組織の関わり方、例えば健康増進はもとより、従業員の配置や育成、能力発揮、職場環境整備やマネジメントのあり方等について、経営として位置付けを明示することが求められます。その上で、それを各職場で実現するためのマネジメントへの支援~能力向上はもちろん負担軽減・分散等も含めて~、メンバーの主体性の喚起、さらには職場単位での好事例を推奨し、かつ横展開する柔軟性、さらにテクノロジーを活用したコミュニケーションや健康増進への試み等が求められます。

その際に重要となるのが、従業員の声を聴くこと、従業員の参加の機会を設けるという観点です。これまで、「健康いきいき職場づくり」では、従業員の参画を得ることで、ワーク・エンゲイジメントや職場の一体感を高めるアプローチを重視してきました。Society 5.0時代・ポストコロナ時代においては、これまで述べてきたように、より不確実性が高い中での企業運営を強いられます。そのような中、参画の機会を積極的に設け、多様な従業員の声を包摂するように努めることは、企業や職場の求心力を高めるとともに、個々人の志向を職場、組織単位に束ね、創発を通じたイノベーションにまで昇華させることにもつながると考えられます。

経営と、労働組合をはじめとする従業員代表との関わりもより密になることが要請されます。特に、境界が緩み未だ確定せず、多様化や複雑化が進行する現在においては、どうしても不安や不満が発生しがちです。それをトップダウンで一方的に封じるのではなく、今起きている現実を尊重しつつ経営として進めるべき方向性とのすり合わせを行うための労使の対話は、これまで以上に重要となります。また、労働組合自体も従業員のウェルビーイング実現やさらなる成長に向けて支援を行うことも大切です。さらにはサプライチェーン等のステークホルダーとのコミュニケーションを密にしつつ、それらの職場での「健康いきいき職場づくり」を直接・間接に支援することも、今後ますます重視されると思われます。


図表18:企業レベルで要請されること

 


これらを総合すると、「健康いきいき職場づくり」を進めること及びそのための環境整備をトップダウンとして進めつつ、一方で現場をはじめとする関連ステークホルダーの声を吸い上げるという意味でボトムアップにも配慮する組織運営が要請されることにつながります。その際には、活動に関するKPI(Key Performance Indicator・重要業績評価指標)を設定し、そこに向けて活動を実践、評価、改善していくPDCAサイクルを展開することで、継続的な取り組みにすることも重要です[1]。こういった組織運営が、企業・組織の持続的な発展を考えるうえも有効に作用するはずです。

 

(2)職場レベルで要請されること
~職場を再定義し、「自律と協働のリバランス」の推進を~

職場レベルで要請されるのは、なんといってもトップダウン(経営レベル)とボトムアップ(個々人レベル)の接続です。接続する際には、言うまでもなく、それぞれの声をそのまま投げ渡すのではなく、適宜「翻訳」する能力が問われます。先にミドル・マネージャーの能力として、セキュアベース・リーダーシップやエンパワリング・リーダーシップのような新たなスタイルが今後想定されることに触れましたが、心理的安全性を担保することで現場の声を聴きつつ、それを企業・組織や個々人の発展に資するように責任をもって職場単位で事業として形成することが、持続的なウェルビーイングの実現のためには不可欠です。

また、不確実性が増した現下の状況においては、上意下達で言われたことのみを実行するのではなく、職場(及びマネージャー)がトライアンドエラーを積み重ねる姿勢も大切です。そこで得られた好事例~「ポジティブな逸脱」
[2] ~を、企業内、職場間で共有し、実情に合わせて横展開することで、未経験課題への対応が進むのみならず、仕事や職場への当事者意識が向上し、それがワーク・エンゲイジメントの向上等を通じ、従業員のウェルビーイング実現にも寄与します。

現場の声を尊重し、奨励するという観点では、職場での対話という協働の要素が必要となります。その活動を通じ、従業員個々人の自律を促す一方で、企業経営としての方向性と個々人のありたい姿をすり合わせること、メンバーが相互に関わり合い多様性を確かめ合いながら相互扶助を行うことで職業人としての成長を目指すこと、そして得られた声を職場単位で集約し、企業の「ありたい姿」のための経営活動に連動させ、実践することが図られます。特にコロナ禍以降、在宅勤務に代表されるように、職場が否応なしに分散し、個々人の自立・自律が求められてきましたが、一方で関係性の欲求にも対話を通じて協働へも目を配る、ということを通じて、いわば「自律と協働のリバランス」を図ることで職場の求心力を回復させることが重要となります。組織開発的なアプローチの重要性はこれまでも説かれてきましたが、お互いの「ありたい姿」の共有やそれを加味した職場運営、企業の「ありたい姿」との連動といった、当事者として参画しやすい話題に活用されることで、より大きな力を発揮することが期待されます。

その際に大切なのは、今後は「職場」がもはや対面を前提とする場を指すのではなく、さまざまな関係性が存在するつながりを意味すると認識することです。対面、非対面含めて形成されるさまざまな関係性を「職場」として再定義し、この「場」が適切に機能することを通じて従業員のウェルビーイングの実現を図る、というアプローチを考える必要があります。

これらの要素は、これまでの取り組みにおいても部分的になされていていました。そのことは、「健康いきいき職場づくりフォーラム」におけるさまざまな事例からも明らかです。一方で、新しい社会像や新しい価値観の下で取り組みを進める際には、“これから”の取り組みは、“これまで”と“現在”を踏まえつつも新たに生まれ変わったものとして位置付けることも可能です。つまり、職場が機能することによって企業とそこで働く人の成長が促進されるという、「健康いきいき『職場』づくり」の取り組み自体は普遍的なものである一方で、企業経営を取り巻く環境の変化とそれに伴う価値観の変容により、その取り組みのアプローチが変化してきた、と考えられます。実際、コロナ禍においてもオンラインで従業員参加型ワークショップや職場見学会、各種交流イベントを行う等、すでに自律と協働のリバランスを視野に入れた新たな試みが行われつつあります。これらを勘案すると、これまで述べてきた経営視点のトップダウンと、個々人ベースのボトムアップの両方に働きかけられる主体として、ミドル・マネージャーを中核とした職場発のウェルビーイング実現へのアプローチが位置付けられます。


図表19:職場レベルで要請されること






図表20:職場を中核とした企業・個人への働きかけイメージ

 


とはいえ、これらの取り組みをすべてミドル・マネージャーが担うのは、この層のウェルビーイングを勘案しても望ましくありません。先にも触れたように、マネージャーの負荷軽減や能力向上を経営戦略として図ることや、その前提としてマネージャー自身のセルフマネジメント能力の向上や業務の権限移譲を行うこと、「健康いきいき職場づくり」に関する現場リーダーをマネージャーとは別に養成することも大切です。

 

(3)個人レベルで要請されること
~「ありたい姿」を描き、自ら選択し、行動を~

個人レベルでは、働き方や心身の健康増進等、自分自身に関する事項を主体的に選択し、それに基づいて行動する姿勢が要請されます。それにより、ワーク・エンゲイジメントが向上し、ウェルビーイングの実現に寄与することは既に述べた通りです。その際キーワードになるのが、先にも少し触れた「自立」と「自律」です。「自立」は「他者の助けに頼ることなく、自らの意思で仕事に取り組むこと」、「自律」は「自分を律して仕事に取り組むこと」を意味します[3]。つまり、他者任せではなく、主体的に仕事に向き合う姿勢がますます重要になります。

その上で、「何を自分は好きなのか」「どういうことを大切にしたいのか」「その上でどういう選択をしたいのか」といった、自分自身の「ありたい姿」を自分で考え、選択し、行動することが要請されます。そのためにも、日々自身の価値観やキャリアについて主体的にデザインし、学び続けることが求められます。つまり、先の自立・自律も含めて、働き方や健康、ひいてはキャリア全般についての自己管理能力の向上がポイントとなるのです。

こういった能力を伸ばす方法としては、OJTや研修等が想定されますが、コロナ禍においていずれもこれまで同様に実施するのは困難な状況が未だ続いています。そこで、分散した中でも上記を行うことを通じて自己管理能力を向上できるようにすることも重要となります。例えば、健康状況や職場環境、働き方、ワーク・エンゲイジメント等についての測定や改善施策の提供、マネージャー、メンバー間とのコミュニケーションの増進とそれによる能力向上等について、アプリケーションをはじめとしたテクノロジー活用を通じて実施するということも今後のトピックになることが想定されます。

なお、言うまでもないことですが、自己管理を個々人に「丸投げ」するのではなく、自己管理能力向上のための機会提供や、そこで自立・自律についての自信を深める成功体験の提供、職場での討議を通じた声の吸い上げと、一方で組織行動との方向性一致のためのミドル・マネージャーからの働きかけ、そしてこれらのためのテクノロジー類の提供等が企業や職場には要請されます。

このうち、テクノロジーの活用については、「健康いきいき職場づくりフォーラム」では、1 on 1ミーティングによるメンバーの気づきと学習機会の提供や従業員のコミュニケーション増進にアプリケーションを活用した事例、ラジオ体操のオンライン配信をグループ交流の契機にした事例、日々の健康管理とフォローアップにアプリケーションを活用した事例、テレワークにより社員食堂の利用が減少したことで難しくなった従業員の食生活のマネジメントへのアプリケーションの活用事例等、徐々に実践事例が蓄積されつつあります。コロナ対策のため物理的な接触機会を減少させつつも、学びや気づき、交流機会を増加させようとする試みが、技術の進化によって実現されつつあると言えます。



図表21:個人レベルで要請されること

 

 

前章までに概観してきた内外のさまざまな環境変化とそれに影響された職場や働き方、健康づくりの変容に対応して、Society 5.0時代・ポストコロナ時代の「健康いきいき職場づくり」をここまで構想してきました。その実現のためのキー概念として、「取り組みの視点の拡大」があり、①「アウトカム」の拡大=ウェルビーイングの実現を目標とした各レベルでの活動、②「場」の拡大=企業・組織を超えた活動の拡がり、③「主体」の拡大=関係者全てが主体的に参画する活動、の3点を挙げました。その上で、それを企業現場で実践する際に企業・職場・個人の各レベルに要請される事項について言及してきました。企業経営のレベルでは、「ありたい姿」を起点とした人材(人的資本)戦略の明確化、職場レベルでは「自律と協働のリバランス」に配慮しつつ、メンバーの参画を通じた個々人の成長支援や経営活動との連携を図るためのマネジメントを行うこと、個人レベルでは自らの「ありたい姿」を模索し、そのために行動する自己管理能力が要請されます。また、労働組合による労使の対話や従業員のウェルビーイング実現への支援についてもより重要性が高まっています。




図表22:各アクターの行動の方向性イメージ



一方で、留意しなければならぬ事があります。第一は、健康づくりと経営の統合が進む中での従業員の選択や健康情報の適切な取り扱い等への配慮についてです。その際の適切な技術の利用はどのように位置付けられ、制限されるのかに関しても、今後の議論が望まれます。第二に、「健康いきいき職場づくり」に関わるステークホルダーの整理についてです。特に、「健康いきいき職場づくり」に対して、いわゆる健康管理室(産業保健)はどのような立ち位置で関与するのか、健康が「経営」先行でなされる場合の労使の関わり方や合意のあり方はどうなるのかについては、議論がなされる必要があります。第三に、大企業と中小企業、地域企業では、取り組みに関する各種資源や内外環境の相違もあり、アプローチの仕方が異なる点についても、さらなる検討が求められます。第四に、個々人の価値観も多様化しているため、強制的なやり方や画一的なモデルが存在するわけではない点についても留意することが求められます。

本章で述べたことの実践と、それによるウェルビーイングの実現は、Society 5.0時代・ポストコロナ時代においても、強い企業・組織や職場、個々人を生み出すことにつながり、競争が激化する社会下において、結果として企業と働く従業員の持続的な成長に寄与すると考えられ、それが社会全体にとっても好影響を及ぼすことが期待されます。そのため、このような取り組みに関与する企業・組織が増えることが望まれます。



[1] 近年の変化スピードの加速に対応すべく、PDCAよりさらに短い単位で活動を展開するものとしてOODA(ウーダ)ループも注目を集めている。

[2] リチャード・パスカルら著『POSITIVE DEVIANCE』(2021 東洋経済新報社)参照。

[3] 前掲池田「産業・組織心理学から紐解くテレワークマネジメント」参照。

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